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東京地方裁判所 昭和38年(特わ)381号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕(罪となるべき事実)

被告人岡安彦三郎は、前記のとおり、東龍太郎後援会の事務局長であつて、東龍太郎が昭和三八年四月一七日施行の東京都知事選挙に際し立候補(その届出は同年三月二三日)後は同候補のため選挙運動に従事していたもの、被告人黒木春伯は、相被告人岡安の勧誘により東候補のため選挙運動に従事し、相被告人岡安の参謀的役割を果していたもの、爾余の被告人等は相被告人岡安、同黒木より東候補のため選挙情報の収集方等の懇請をうけ、これに応ずることにより、同候補の選挙運動者となつたものである。

ところで、

第一、被告人岡安彦三郎、同黒木春伯は、偶々昭和三八年一月二六日、東京都千代田区旅籠町三丁目一一番地社団法人東京都同人会事務所(同人会館)において、同人会の新年会が催された際、出席者の中から、来たるべき右都知事選挙には東龍太郎の立候補が予定されているのでこれに備え、情報収集のための会合をもつてはどうかとの提案がなされたことに示唆されて、各区からその区の情勢に明るい者を集めて選挙情報を収集すべく思い立ち、爾来両者の間でその実行方について、計画し、主に被告人黒木が中心となつて同年二月二七日、三月二日、同月一八日、同月二七日、四月三日、同月九日、同月一五日の七回に亘つて、右同人会館において同候補者のため選挙情報収集のための会合を開いた。そして、被告人岡安は、東龍太郎の立候補届出前である同年三月上旬頃、同都中央区銀座西五丁目三番地東龍太郎後援会事務所において、東立候補の暁には同人に当選を得しめる目的を以て、右会合の出席者に対し選挙情報収集の費用及び報酬として供与すべく被告人黒木と共謀の上、その供与資金並びに右会合運営資金として現金三〇万円を同被告人に手交(交付)し、被告人黒木は被告人岡安の右の意を体し、右資金中より、

(一) 同年三月二七日、右同人会館において、前記会合に出席した被告人甲斐下俊太、同春見一夫、同伊藤茂生、同鈴木万次郎、同瀬口琢、同掛飛寛朗、同松尾周男、同嘉悦一郎、同窪沢冨太郎、同岩本徳次郎、同藤野恭久、同中山徳温、同梶清久夫、同矢島勇、同鹿谷義一並びに柳瀬保、小島親三、野間政百、藤本光清、花家源三に対し、同人等が右候補者のため選挙情報収集の選挙運動をなしたこと並びに将来も同様の選挙運動をなすことの費用及び報酬として、それぞれ現金七、〇〇〇円を各供与し、

(二) 同年四月一日頃、前同所において、前記会合に出席した被告人荒谷三郎、同飯野英一並びに川瀬藤太郎、田中基市、西間木辰一、山田純勝に対し、前記(一)記載と同趣旨のもとにそれぞれ現金七、〇〇〇円を各供与し、

(三) 同月九日、前同所において、前記会合に出席した被告人長山政夫、同岡秀雄、同西島丈夫、同田宮久一、同福満勝男並びに三井清一、山本義三郎に対し、前記(一)記載と同趣旨のもとにそれぞれ現金七、〇〇〇円を各供与し、

(四) 同月一五日、前同所において、前記会合に出席した被告人中野武繁及び太田泰治に対し、前記(一)記載と同趣旨のもとにそれぞれ現金七、〇〇〇円を各供与し(中略)たものである。

(被告人並びに弁護人等の主張に対する判断)

二、本位的訴因を認めず、予備的訴因を認めた理由について

(1) 被告人岡安に対する本位的訴因(罰条)は、「同被告人は、本件選挙に際し東龍太郎が立候補の決意を有することを知つていたものであるが、右東が立候補の上は同人に当選を得しめる目的を以て、未だ立候補の届出のない昭和三八年三月上旬頃、東京都中央区銀座西五丁目三番地東龍太郎後援会事務所において、右東の支持者である被告人黒木に対し、右東のため投票取まとめ並びに選挙情報収集等の選挙運動をなすことを依頼し、その報酬及び費用等として現金三〇万円を供与した」(公職選挙法第二三九条第一号、第一二九条、第二二一条第一項第一号)というのであり、被告人黒木に対する本位的訴因(罰条)は、「同被告人は本件選挙に際し立候補した東龍太郎の選挙運動者であるが、(一)前記日時、場所において、被告人岡安が前同様の趣旨で供与するものであることの情を知りながら、同人より現金三〇万円の供与を受け」(同法第二二一条第一項第四号)、(二)右候補者に当選を得しめる目的を以て、判示各日時、場所において、同候補者の選挙運動者である被告人甲斐下等三五名に対し、同人等が同候補者のため投票取まとめ並びに選挙情報収集等の選挙運動をなしたこと並びに将来も同様の選挙運動をなすことの報酬及び費用等として現金七、〇〇〇円宛をそれぞれ供与した」(同法第二二一条第一項第一号、第三号)というのである。

(2) ところで、本件において、被告人岡安が被告人黒木に対し昭和三八年三月上旬頃現金三〇万円を手交し、被告人黒木において右三〇万円を判示のとおり甲斐下俊太等三五名に七、〇〇〇円宛分配したことは証拠上明らかである。而して被告人両名は当公判廷において共に判示認定に照応する供述(但しその目的が東候補の当選に資するためであつた点は除く)をしているのに対し、検察官調書においては本位的訴因に副う趣旨の供述をしているのである。すなわち、本位的訴因に最も明確に照応する検察官調書は共に昭和三八年六月一二日付供述調書であるが、同調書において被告人岡安は、「三月上旬頃三〇万円を黒木に渡すときは大体人数は三五人位と聞いていたが、当時まだはつきり渡すべき相手方の名前は具体的に聞いていなかつた。三〇万円のなかには世話人として色々骨を折つた黒木の車代やお礼も含めたつもりでいたから、黒木に別個に足代やお礼を出さなかつた、分配する額は一切黒木に委せていた」旨供述し、被告人黒木は、「三〇万円を渡された時はおよそ四〇人位に分配することを考えていた程度で、具体的に誰にいくらずつ渡すかは岡安に話した事実はなく、その処分はすべて自分に委されていたつもりだつた」旨供述している。検察官に対しそれぞれ右のように供述した理由を被告人黒木は、「検察官の取調に対しては被告人岡安になるべく迷惑をかけたくないとの気持から、責任はすべて自分が背負うつもりでいたから自分が一切やつたという前提のもとに供述した」旨、被告人岡安は、「悪いことだが、いくらかでも責任が軽くなればと思つたためである」旨それぞれ供述しているのであるが、被告人黒木の本件に関する検察官調書を仔細に検討すると、取調に対し同被告人が右に供述するとおりの態度で終始したことが随所に看取され(たとえば昭和三八年五月三一日付調書第一三項、同年六月九日付調書第二項)、また、両被告人の各供述調書を対比検討すると被告人岡安の検察官調書は被告人黒木のそれを前提としたものであることが窺知され、被告人両名の右弁解はたやすくこれを排斥し難いところ、関係証拠特に両被告人の当公判廷(第一組第七回)における各供述、被告人岡安の同年六月二日付、被告人黒木の同年五月三一日付各検察官調書を総合すれば、(1)、右三〇万円の授受当時被告人岡安において右会合に出席すべき者の人選を被告人黒木に一任し、具体的な氏名は逐一これを知らなかつたと認められるが、右三〇万円は被告人黒木の示唆により、同被告人に対し右会館の使用料も含め被告人岡安から同会館における右会合の出席者に対しその運動報酬及び費用として供与すべく手交されたものであること、(2)、その後被告人黒木において右三〇万円の中から二万二、〇〇〇円を三月五日にホテルオークラで開かれた東都政激励会の入場券代として、二万一、〇〇〇円を被告人谷合関係でそれぞれ支出しているが、これらはいずれも被告人岡安の了解のもとに支出したものであることがそれぞれ認められ、また、(3)、右三〇万円中に被告人黒木に対する運動報酬等が含まれているかどうかの点については、被告人岡安の当公判廷において極力否定するところであり、しかも実際に被告人黒木において一銭たりとも自己の所得とした事実は認められないのみならず、右三〇万円が被告人岡安から支出された経緯、被告人両名の経歴、交際関係、本件における立場等に徴しても両被告人間に報酬等の授受がなさるべき関係にあつたことは毫も認められない。結局右三〇万円中には被告人黒木に対する報酬等は含まれていないものと認めるのが相当である。

そうだとすると、本件三〇万円は被告人岡安から被告人黒木にその処分を一任して手交されたものとは認め難く(すなわち本位的訴因についてはその証明が十分でない。)。その授受当時は両被告人間において供与すべき相手方は具体的に特定されていなかつたとしても、同人会館における会合の出席者に対し、同人等の選挙運動に対する報酬、費用等に充てるべく委託の趣旨で被告人岡安から被告人黒木に所持を移転し、被告人黒木は被告人岡安の右の意を体し、その委託の趣旨に従つて判示のとおり三五名に分配供与したもの、すなわち被告人両名の共謀による三五名に対する各七、〇〇〇円の供与罪を構成すると認めるのが相当である(被告人岡安、同黒木間の三〇万円の授受は右供与罪に吸収される)。よつて、前掲証拠に基き判示のとおり予備的訴因(罰条)の罪を認定した。

三、本位的訴因と予備的訴因との間には公訴事実の同一性がないとの主張について

(1) 弁護人等は、第八回公判期日(第一組)において検察官から予備的訴因の申立がなされた際、「本位的訴因と予備的訴因との間には、行為の日時、場所並びに供与の相手方、形態、金額等の点で差異があり、両者にはなんら重なり合つたところがない。従つて両訴因はその基本的事実関係を異にしていると見るのが相当であるのみならず、両者は法律上一罪として処断される関係にもない。その上、本位的訴因では被告人岡安より被告人黒木に対して三〇万円を供与したというのであるが、予備的訴因では被告人岡安、同黒木が共謀の上相被告人甲斐下俊太ほか三四名に対し右三〇万円中より各七、〇〇〇円を供与したといつており、若し予備的訴因のとおりであるとすれば、本位的訴因にある三〇万円の授受は所謂共謀者間の授受行為となり、犯罪を構成しない。このように本位的訴因が元来犯罪を構成しない場合には訴因の追加によりその過誤を修正することは許されない」と異議を申立て、弁論においてもその主張を維持している。

(2) ところで、被告人岡安に対する本位的訴因は、起訴状によれば「被告人岡安は被告人黒木に対し、東龍太郎のため投票取まとめ並びに選挙情報収集等の選挙運動をなすことを依頼し、その報酬及び費用等として現金三〇万円を供与し」たとされているが、被告人岡安が被告人黒木に依頼した選挙運動の範囲並びに同人に現金を供与した趣旨はいずれも等となつており、起訴状だけではいささか明確でない。しかし、この点を検察官の冒頭陳述書(特に第五の(一)、(二)、(三)、(四))に徴すれば、本位的訴因で検察官が主張する要点は、(イ)被告人黒木に同人が東のため投票取まとめ並びに選挙情報収集等の選挙運動をなすことを依頼し、同人にその運動報酬及び費用として供与したほか、(ロ)被告人黒木に「東龍太郎のため選挙運動をしてくれる人達」(以下第三者と略称)に対する働き掛け方をも依頼し、黒木がこれによつて第三者に投票取まとめ並びに選挙情報収集等の選挙運動方を依頼した際、同人等にその報酬及び費用として供与する資金をも含めて供与したというにあることが看取できる。これによれば、本位的訴因は第三者に対する働き掛け並びに同人等に対する金銭の授与も指向しており、潜在的にはこれによる法益侵害行為をもその対象としていると認めるのが相当である。そして、右によつて明らかになつた本位的訴因と予備的訴因を比較すれば、両者は犯罪行為としての計画性等の点において共通方向のあることが認められるのみならず、行為自体においても、本位的訴因で主張される事実は予備的訴因で主張される事実の先駆行為であつて、その行為目的等に徴すれば、見方によつては後者は前者の発展した結果とも認め得られ、両者は互いに統一された一連性をもち密接不可分の関係にあることが窺知される。そして、この一連の行為中「被告人岡安・同黒木間に行われた金銭授受」につき、これを「供与」と断ずるに十分な立証が尽されているという見方に立つて訴因を構成したのが本位的訴因であり、その授受に「供与」と断じ得るまでの立証が尽されていないという見方に立つて訴因を構成したのが予備的訴因であつて、両者は結局一連の同一事実関係を対象としながら、法廷に顕出された証拠に対する評価を異にする結果、犯罪の成立時点、形態等を異にしているに過ぎない――従つて右事実関係においては両訴因が同時に併立することはあり得ない――。このような場合には両訴因は基本的事実関係を同じくするものとして、公訴事実の同一性の範囲内に属するものと認めるのが相当である。

なお、弁護人は、右「被告人岡安・同黒木間に行なわれた金銭授受」が所謂交付・受交付罪であれば、その間に公訴事実の同一性のあることはこれを認めるが、本件では所謂共謀者間の授受で犯罪を構成しないから、両者の間に公訴事実の同一性ありとして訴因の追加を許容することは相当でないと主張する。しかし、本位的訴因で主張する公訴事実がその記載によれば犯罪として成立し、その成否が立証の如何に繋つている場合、この点を慮つて、すなわち、万一本位的訴因の立証を尽し得ないとき(弁護人の主張する交付受交付並びに共謀者間の授受等は、いずれもこの立証を尽し得ない場合の一態様であつて、その間に取扱を異にする理由はない)に備え、公訴事実の同一性を認め得る限度で訴因を予備的に追加し得ることは当然であり、本件はまさにこれに該当するのであるから、弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

一、法律に照らすと、被告人岡安の判示所為中、同被告人が被告人黒木に対し三〇万円を手交することによつて行なつた事前運動の点は公職選挙法第二三九条、第一二九条、罰金等臨時措置法第二条に、被告人甲斐下俊太ほか三四名に対する金銭供与の点はそれぞれ公職選挙法第二二一条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条に各該当するところ、右事前運動を組成した金銭手交の所為は右供与の罪に吸収される関係上、結局右各金銭供与と事前運動とはそれぞれ一個の所為で数個の罪名に触れる場合にあたるから同法第五四条第一項前段、第一〇条により重い金銭供与の罪の刑に従い処断すべく、所定刑中各懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条に従い最も重い相被告人甲斐下に対する金銭供与の罪の刑に併合罪の加重をなし、被告人黒木の判示第一の(一)ないし(四)の金銭供与の所為はそれぞれ公職選挙法第二二一条第一項第一号、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六〇条に各該当するところ、所定刑中各懲役刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから同法第四七条本文、第一〇条に従い最も重い相被告人甲斐下に対する金銭供与の罪の刑に併合罪の加重をなし、以上その各刑期範囲内で被告人岡安、同黒木を懲役一年に各処するが、後記の情状により同法第二五条第一項を適用していずれも本裁判確定の日より三年間右各刑の執行を猶予する。(後略)(八島三郎 相沢正重 新谷一信)

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